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東京地方裁判所 昭和41年(ヨ)2349号 判決 1969年1月17日

申請人 山城隆一

右代理人弁護士 石野隆春

同 塙悟

被申請人 神田通信工業株式会社

右代表者代表取締役 渡辺勝三郎

右代理人弁護士 福田末一

主文

申請人が被申請人に対し労働契約上の権利を有する地位を仮りに定める。

被申請人は申請人に対し金一七、六六四円および昭和四一年七月以降本案判決確定に至るまでの間、毎月二五日かぎり一ヶ月金二二、〇八〇円の割合による金員を仮りに支払え。

申請費用は被申請人の負担とする。

事実

一、当事者双方の求める裁判

申請代理人は主文同旨の裁判を求め、被申請代理人は「申請人の申請を棄却する。申請費用は申請人の負担とする。」との裁判を求めた。

≪以下事実省略≫

理由

一、申請理由(一)記載の事実、被申請人が申請人に対し、昭和四一年五月二六日即時解雇の意思表示をしたことは当事者間に争いがなく、被申請人において昭和四一年当時施行されていた就業規則に懲戒解雇および通常解雇の基準として被申請人主張のような該当条項の定めがなされていることは、申請人の明らかに争わないところである。

そこで、右解雇の意思表示の効力について以下検討する。

二、就業規則第一七条に被申請人主張の転勤等についての定めがあるところ、申請人は昭和四一年五月一八日被申請人から名古屋営業所に転勤を命ぜられながら、これを拒否し赴任しなかったことは当事者間に争いがない。

右事実によると、申請人の前記行為は同規則第八一条第一六号の「正当の理由なく上長の指示命令又は責任者の通達指示に従わなかったもの」という懲戒解雇事由および第五五条第三号の「懲戒解雇に該当したとき」という通常解雇の事由に一応該当しているといえよう。

三、ところで、申請人は本件転勤命令は不当労働行為意図によるものであると争っている。

(一)  先ず、申請人の組合活動と被申請人の組合に対する態度を取り上げる。

(申請人の組合活動)

≪証拠省略≫を綜合すると次の事実が一応認定でき、これに反する疎明はない。

申請人は被申請人本社工場の職場環境特に申請人の所属している鍍金工場はトタン張りで寒暑が厳しく、臭気がたちこめており、時間外労働が多く、しかも低賃金という労働条件に不満を抱いたところ、当時被申請人には労働組合がないため(この点当事者間に争いがない。)昭和四一年二月八日、全金支部に個人加入し、同支部西品川分会に所属した。そして加入後は同支部の方針に基づき、被申請人従業員を右支部に加入させるべく入社同期の同僚を中心に積極的に働きかけ、同年四月頃までに従業員一一名をこれに加入させたが、申請人を初めいづれも非公然組合員であるため、工場内では休憩時間中に申請人が中心になってフォークダンスとか野球をする程度で組合活動は行なわず、申請人が卒先して毎週金曜日に行なわれる右分会会議に出席して組合運動の学習をするほか、前記全金支部の主催する集会に参加する等工場の外部で活動していた。

(被申請人の組合に対する態度)

≪証拠省略≫を綜合すると、次の事実が一応推認でき、これに反する疎明は採用しない。

(1) 同四一年四月初め頃から申請人らが前記(一)記載のフォークダンスや野球をしている際、被申請人の総務課の職員がこれをそれとなく見守り、退社時刻頃同職員が工場正門附近に立ち、従業員の帰宅方向を確めるような態度を示し(前記分会会議の場所は従業員が通勤に通常利用している国電大崎駅と反対方向にあった。)また同月中旬頃申請人の直属上司である北村鍍金係長は申請人に対し「組合運動をやっているのではないか」とたずね、「従業員が労働運動をしたためつぶれてしまった会社があるからやらない方がいい」と注意した。

(2) 同年五月上旬、被申請人では従業員に対する講習会を開催したところ、その席上、講師は民青、共産党の批判めいた講演をした。

(3) 申請人は本件解雇後工場附近で解雇反対のビラを撒き、同年六月七日には右解雇につき、全金支部から被申請人に対し団体交渉の申し入れをして同支部の組合員であることを被申請人に明らかにしたところ、同月一〇日、被申請人の印南有線技術部第二技術課長は当時全金支部に加入していた組合員八名に対し被申請人応接間で組合脱退を勧告し、用意した用紙にその指示文言どおり脱退届を書かせたうえ、同日これを全金支部あて発送させた。

また、同年四月頃被申請人の荘司有線技術部長は前記脱退組合員中の野口裕康に対しグリルで酒食を提供したうえ全金支部に加入しているのなら脱退するようすすめ、日時はかならずしも明らかでないが、印南課長も福島隆男に対し「申請人は全金の人間だから交際するな」と告げた。

以上の各事実を綜合すると、被申請人が、その従業員が全金支部系統の労働組合に加入し、その組織が企業内に拡大することを嫌悪していたことは明らかであり、申請人の活動の公然化に対する前述したような手廻しのよい脱退工作等からみると、被申請人はおそくとも同年五月初め頃までには申請人を中心とする若干の従業員の全金支部加入の事実を察知していたと推認するのが相当であろう。

(二)  次に本件配転命令が被申請人主張のように企業経営上の要請によるものであるかどうかについて検討する。

(1)  被申請人が「解雇の理由」の(1)で主張する事実および同(2)のうち、独立採算制採用に備えてその主張するような理由により表面処理部門の技術系の者一名を業務係要員として地方営業所に昭和四一年春の定例人事異動の際、転勤さす旨、同年三月一四日幹部会議で決定し、その後右転勤先は近く欠員が生ずる名古屋営業所と四月二二日決められたこと、以上は≪証拠省略≫から一応認められ、これに反する疎明はなく、≪証拠省略≫によると、右転勤該当者として申請人が適任とされた理由は、消極的な面において、表面処理部門には三名の係長をのぞき一八才以上のものは申請人を含めると三名しかいないところ、一名は同年度の新規採用者、他の一名は訥弁で事務に不向きであること、係長は工業高校卒業し、一〇年以上の実務経験を有しているが、部下を指導監督する必要上転勤さすことは望ましくないこと、積極的な面として申請人は工業高校を卒業し、一年の鍍金経験があり、学歴、年令(当時一九才)、仕事に対する積極性、以上の理由によるとされている。

(2)  ところで、≪証拠省略≫によると、申請人の本社復帰後予定されていた業務係には前記三名の係長中の一名が充てられ、厚木工場の表面処理工場と共に新設される機械工場の業務係には昭和二六年三月工業高校を卒業して入社し、工作機械の技術部門に従事し、同三五年より営業を担当していた者が当初より予定されていたこと、名古屋営業所は所長以下三名(うち女性一名)で営業内容は有線放送の電話器等の農業協同組合への販売を主とし、申請人の予定されたポストは従来老令者が担当していたこと、本件赴任期間は同四二年中と予定されていたことが一応認められ、これに反する疎明はなく、本件転勤が四、〇〇〇万円を投資して新設する厚木工場表面処理部門の独立採算制採用に伴う業務係要員の養成にあったことは前述のとおりである。

以上の各事実を綜合すると、被申請人に入社后僅か一年の一九才の申請人を前記要員として選出することそれ自体、また、名古屋営業所の営業内容、人的構成、赴任期間からして同営業所を右要員養成場所として選んだこと、そのいずれも、従業員六百数十人を擁し(≪証拠省略≫から明らかである。)すでに述べたような規模事業所等を有する企業における人事管理としては通常の場合考えられない措置といっても過言ではなく、申請人を選んだ前記理由がことの真相であるかどうか疑問の余地なしとしない。

(三)  以上種々述べたところと、荘司部長が申請人の人選を決定した日時が同四一年五月一三日であること(≪証拠省略≫から明らかである)を併せ考えると、被申請人は申請人の組合活動に苦慮し、その対策を考えていたところ、本件厚木表面処理工場業務係の問題が生じたので、この機会を利用し、業務習得の名をかりて本件配転命令をなしたもので、その主眼とするところは、申請人を従来の組合活動の場より遠くへだたった名古屋営業所に配転し、その活動を不可能ならしめようとする意図のもとになされたものであるとみるのが相当である。

よって、本件配転命令は、被申請人において申請人の組合活動を嫌悪してなされたものであり、右配転命令によって申請人は組合活動に支障を来すことは明らかであり、これは労働組合法第七条第一号にいう不利益な取扱であるから、同条同号の不当労働行為として無効であり、申請人が右命令を拒否したことを理由としてなされた被申請人の本件解雇の意思表示も無効であることを免れず、申請人のこの点に関する主張は理由がある。

四、以上からすると、本件解雇は一応無効であるから、申請人は被申請人に対し労働契約上の権利を有し、被申請人が本件解雇後申請人の就労を拒んでいることは当事者間に争いがないから被申請人に対し解雇後の賃金請求権を有するというべきである。

弁論の全趣旨によると、申請人は被申請人から受ける給与を唯一の生活の資としていることは明らかで、他に収入を得ていることを認めるべき疎明もないから、本案判決の確定までの間なんら労働契約上の権利を有しないものとして取り扱われることにより申請人は回復しがたい損害を受けるおそれがあるといえる。

ところで、当事者間に争いのない事実によると、本件解雇当時に申請人の得ていた平均賃金月額は金二二、〇八〇円であり、賃金は毎月二〇日〆切で同月二五日支払いであり、本件解雇の日の翌日である同年五月二七日から同年六月二〇日までの賃金を平均賃金により日割計算すれば金一七、六六四円であるから、被申請人に対し右金額および同年七月以降本案判決確定に至るまで毎月二五日かぎり月金二二、〇八〇円の支払を命ずるのが相当である。

五、よって、申請人の本件仮処分申請は、被保全権利の存在と必要性につき疎明があるから、保証をたてさせないで、これを認容することとし、申請費用の負担について民事訴訟法第八九条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 浅賀栄 裁判官 宮崎啓一 大川勇)

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